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「老人ホームひまわり園」その3

 第一部のキモ。いや、ひょっとしたら物語の全体をすら引き締めているのは、花子という登場人物のたったひとつのセリフです。このセリフは出色の出来。

 入居者のひとり、痴呆のはじまった老女が行方不明になる。彼女は、とっくにいなくなってしまった夫を、散歩に出かけたものと思い込み、迎えに行ったのだ。彼女のたったひとりの娘は夜の仕事で母と自らの生活を支えている。職員がようやく行方不明の老女を見つけ、ホームに戻ってくる。呼び出されていた娘は、母親につかみかかる。

 このシーン、泣き叫ぶ娘の、どうしようもない気持ちがよくわかるじゃないですか。だってどうしようもないもの。自分はこんなにがんばっているのに。母親はボケちゃっているんだもの。私の苦労も、なにもわかってくれないんだもの。どうしようもなくて、泣けてきますよね。

 花子というのはやはり入居者のひとり。元気で、この作品でいちばん目立っていて、たぶん観客にもっとも愛されている登場人物です。この花子が、母娘の修羅場を見たあと、入居者仲間に言います。娘が母親につかみかかったことを指して、

 じつの娘があそこまでやるこた、ない。

 このセリフがいい。花子にこう言わせた脚本がうまい。じつにセンスがいい。そして花子役の俳優の、セリフの言い方もよかったです。

 もしここで花子が「娘さんも気の毒にね」的なことを言ったら、どうでしょう。それはたぶん観客全員が思っていることでもあるので、観客と花子は相通じる関係になったでしょう。「あの娘に同情する」という形で、観客は花子に感情移入するのだ。でもそうしない。花子が、観客とはちがった立場からセリフを言ったので、観客は花子との間にちょっと距離があることを唐突に感じます。こう言われたことで、観客は、はっと目が覚める。無責任な傍観者にすぎない自分に気づくのです。

 この距離が、現実であり、「ソト」に目が向く、ということであると私は思うのです。

 ・・・どうでしょう。高校生離れした(と言うと、高校生に失礼かもしれないが)、きわめて大人っぽい作品だと思いませんか?

 ちなみに花子役の鈴木さん。「本当に高校生なのかな」と、南関東大会の審査員も名指しでほめていましたね。私もまったく同感。花子の演技はすばらしいです。「オアシス物語」の演技も見ました。花子とはまったく別の役柄なのに、みごとでした。全国大会でも、観客はきっと花子の演技にびっくりすることでしょう。青森でもステキな花子をぜひ。(はやし)
by futohen | 2005-07-17 22:10 | 演劇一般