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富士見ヶ丘中学の授業

 日本劇作家協会が依頼を受けておこなっている「演劇」の授業に、縁あって私も参加しました。世田谷の住まいから杉並区の中学校まで、私は自転車で出向きます。今日はお天気もよく、恰好のサイクリング日和でした。この中学校は、杉並区とは言いながら、世田谷の八幡山に近いんですよね。私がよくワークショップをおこなう八幡山。キーコキーコと自転車をこぎながら、いつものワークショップが今日も待っているような、そんな気分でした。

 で。なるほど。今日は新鮮な経験をしたな。ワークショップとはちがうね。

 当たり前なんだけど、教室にいるのは全員が中学一年生なんですね。まずそれが新鮮。ワークショップでは、参加者の年齢はさまざまです。それを私が推奨しているからですが、10代20代の方から40代50代の方まで。タテに長い。その異年齢間のコミュニケーションを促すのが、私の役目(のひとつ)です。ここでは全員が同年齢。ヨコのつながりなんですね。なんだかいつもとは「角度」がちがうなぁ。新鮮。

 全員の前で、新参者の私は紹介を受けます。これも新鮮。この感じ、転校生に似てない? 私は学校生活のなかで、「転校」の経験がありません。こういう感じなのかな?

 今日の私はアシスタントとして授業に立ち会っただけ。というか、ただ立っていただけだ。あんまりチームに貢献していないよ。恐縮です。授業では生徒たちにグループ・ワークの課題を与えているのだけど、与える側の私たちがやっていることもグループ・ワークなのだ。チーム・ワーク。ことほどさように、グループ・ワークの能力は、社会のなかで必須のもの。サバイバーの条件だ。とっても重要な授業なんだという自覚をもち、今後はいっそうチームに貢献したい。よろしくお願いします。

 その帰り道。私は千歳烏山に立ち寄る。ここには私の行きつけの漫画喫茶があるのだ。このマンキツは居心地がよく、イスの座り心地がよく、窓の眺めがよく、料金が安い。私はあんまり漫画を読むほうではないけれど、たまにはね。

 私が読みふけるのは、「Dr.コトー診療所」 である。

 なにをいまさら・・・、かもしれないね。ドラマがおもしろいと聞いて、ビデオを借りる前に原作を読んでしまおうと思ったのだ。こういうヒューマニズムの塊りのような作品に、マンキツで私は胸を震わせている。普通に感動してしまう私は、善人なんだなぁと思う。

 けど、これ。主役を吉岡秀隆がやってるんでしょ? それって適任なのかな。(はやし)
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by futohen | 2005-09-29 21:11 | 演劇一般

 名古屋ワークショップのレポートを公開しました! どうぞご覧ください。

 レポートは こちら からどうぞ。

 沢木氏のことについて補足(蛇足?)しますね。講演は杉並区が企画したもので、たしか会場は高円寺にちかい「セシオン杉並」でした。当時、私は杉並に住んでいて、たまたま券が当たったので聴きに行ったのです。「深夜特急」は読んでいましたが、特にファンというほどじゃなかったです。そのときは、まだ。

 講演のタイトルは、忘れもしませんよ。「沢木耕太郎、出会いの旅」。・・・ちょっとどうなのよ、それ。と思いません? これ、じつは区の職員が勝手につけたタイトルなんだそう。「なんだかワッペイちゃん(立松和平)みたいだけども」と、本人も苦笑していましたね。

 ハヤブサの話も、ジョージ・フォアマンの話も、とっても愉快でおもしろく。さすがに60分も30分も語れませんが、でもそのときの話の要旨を、私はいまでも語れます。特にジョージ・フォアマンの話はインパクトがあったよなぁ。

 ところでジョージ・フォアマンって、ご存じですか? ご存じですよね。なに? ご存じない? じゃ、あの「キンシャサの奇跡」のことは? え? ご存じない。そうですかそうですか。

 ジョージ・フォアマンってのはね。そうだな、どこから話すかな。昔、モハメド・アリという偉大なチャンピオンがいて・・・、と。こういうスポーツ界の伝説って、言葉を尽くして語っちゃうものですね。たとえば高校野球の話ね。私もいくらでもしゃべれるもんなぁ。こんど語るときは「なんだか沢木耕太郎みたいだけども(苦笑)」とか書こう。フォアマンのこともいつか語りましょう。演劇とは関係ないけども。(はやし)
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by futohen | 2005-09-28 23:00 | ワークショップ

 いや、まだ公開はできていないのですが、原稿をさっきまとめました。近日中に、写真を添えたレポートをお披露目できる見込みです。どうぞ楽しみになさってください。

 次回の「演劇倶楽部」は10月22日(土曜)。次回のワークショップは10月29日(土曜)です。いずれも会場は世田谷の八幡山区民集会所。参加者を募集中です。ご興味をおもちの方はどうぞ遠慮なさらず!

 いやぁ、先日の水戸以降、身体がなんだか重い私である。急にすずしくなって、風邪でもひいてしまったのだろうか。(はやし)
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by futohen | 2005-09-28 00:24 | ワークショップ

水戸出張でござる。

 きのうが名古屋、今日が水戸。のぞみ&フレッシュひたちでおよそ4時間。さすがにこの移動距離はちょっとカラダにひびく・・・。帰りはスーパーひたちで江戸に戻る。なんだか徳川家の将軍になったような気分でもござる。ワークショップ御三家。ワークショップ街道の行脚。今夜は疲れ気味で、将軍はアタマがあまり働いていないでござる。

 朝方の名古屋はすっきりと晴れていて心地よく、日中は最高気温が32度まで上がるだなんて言っていた。台風なんて、文字通り「どこ吹く風」だ。水戸に着いてみると、なんだこの風は! この肌寒さは! カラスがふっ飛ばされてしまいそうなほどに公園の木々が大きく揺れている。半そでのTシャツ姿だなんて、将軍ぐらいのものでござった。はっはっは。ハクション大魔王だ。これを書いているいまはアクビ娘でごじゃる。古いな・・・。

 ま。でもね。そこはそれ。稽古場が将軍の遊び場、演劇が将軍の遊び道具です。きのう今日と存分に遊んで将軍はご満悦。万博なんてどこ吹く風だ。ま。でもね。時間さえあれば、万博にも行ってみたかったけどね・・・。ついに行けず終いだ。ぐわおおおう。(はやし)
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by futohen | 2005-09-25 23:55 | 演劇一般

名古屋ワークショップ!

ご参加くださったみなさん。
ありがとうございました&お疲れさまでした!
近日中にレポートを書きます。
ぜひぜひご覧くださいね!(はやし)
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by futohen | 2005-09-24 20:46 | ワークショップ

 劇団アルマル(韓国)の「毎日死ぬ練習をしている」。大長編感想文。

 去り際のさいごの一言で明かされる「怪人」の正体。なななな。ぬぬぬぬ。のののの。「な行」のリアクションを禁じ得ない私である。

 お前、「インターネット」だったのか。やっぱり人間じゃなかったのね。

 黒マント&黒帽子&黒サングラス&顔面白塗り。いかにも非人間的な、その姿。さながらゲーテのメフェストフェレス。青年はインターネットに魂を売ったのだ。ねねねね?

 もちろん、これは単なる私の解釈。私の受けた印象にすぎませんよ。「怪人」は、やっぱり人間なのかもしれない。脚本をぜひぜひ読んでみたい。じつはこのキム・スミの「毎日死ぬ練習をしている」が。

 「せりふの時代」の秋号に掲載されるんだそうだ!

 なんだよぉ~。それ早く言ってくれよぉ~。そのことを私は今日知りました。思わぬ朗報。望外の喜びです。興味のある方はぜひご一読を。私はこれ、ゼッタイ買うと思うけど。発売が待たれる。よもやハングル表記じゃあるまいね!

 青年は「怪人」をチング(友だち)と呼びました。

 青年は友だちが来るからと言って、母親を部屋から追い出しました。

 「怪人」の前で青年は、母親の前とはちがう、リラックスした表情を見せました。

 「怪人」には、青年は自分の、おそらくは大事な心情を吐露しました。

 「怪人」に青年は自殺のハウ・トゥについてレクチャーを受けました。

 青年は「怪人」から、死のアイテムとして、毒を購入しました。

 青年の、これらの「怪人」とのやりとりのすべてが、じつはインターネットを相手にしたものだったのだ。そう考えると、腑に落ちる。部屋で、青年はずっとPCに向かっていて、だからこそというべきか、カンバスには向かわなかった。青年にとってのチングは、いまやカンバスではなく、インターネットだったのだ。・・・と、いうことか。

 人間ならぬものを俳優が演ずること自体は目新しいやり方ではないでしょう。またインターネットをメフェストフェレス的な存在として描くことも、格別目新しい発想ではないんだろうなぁと思います。でも私は、「怪人」の、「ログアウト!」の一言に、ぞっとする思いがしたな。

 「怪人」が部屋を去り、母親がトンカチを振るい、そして。

 青年は「怪人」から買った毒を使って、毎日練習していたそれを実行します。ここから、観客は想像力を駆使することが求められる、じつに演劇的なシーンが展開するのです。

 つづく。(はやし)
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by futohen | 2005-09-23 22:06 | 演劇一般

 劇団アルマル(韓国)の作品、「毎日死ぬ練習をしている」の感想です。

 時間をすこしさかのぼる。部屋では、青年と「怪人」が談笑しています。「死」の談笑。自殺のハウ・トゥを青年は「怪人」に尋ねる。「怪人」は死のカウンセラーであり、死のセールスマンでもある。青年は「怪人」から毒を買います。青年は服毒死を選んだのだ。

 そして「怪人」は部屋を去ります。去り際のセリフを私は聞き取ることができた。先述のように、20分間の作品全編を通して、私が聞き取れたセリフは2つだけ。ひとつは「チング(友だち)」。もうひとつが、「怪人」のこの去り際のセリフでした。

 「ログアウト!」

 そりゃ聞き取れますわね。英語だもの。というか、韓国でも「ログアウト」って言うんだな~、と一瞬のんきに思ったものでした。「怪人」は「ログアウト!」と叫んで、部屋を出て行ったのである。・・・なんだそれ?

 「怪人」は、その存在が、インターネットのメタファー だったのか???

 つづく。(はやし)
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by futohen | 2005-09-22 21:30 | 演劇一般

 ワークショップの会場としてお世話になっている松陰コモンズ。その「お座敷カフェ」に参加しました。「カフェ」と名はついていますが、実質は寄り合い。毎月1回ずつ、いつもの大広間で開かれる、出入り自由・予約不要の、のんびりとした集まりです。私はこのしばらく毎回顔を出していて、毎回の雰囲気のちがいが楽しいです。

 今回は、「育児サロン」の会場として、松陰コモンズの大広間を利用なさりたいと考えている、若い母親のグループがたまたま複数、参加していました。複数だったのは、本当にたまたま。本人たちもおどろいていたようです。お座敷カフェでは毎回ちいさな子供の姿を見かけますが、今回はコドモ率が高かったですね。

 いままでにも、大広間で個展をなさりたいアーティストのグループとか、ライブをなさりたいミュージシャンとか、いろいろな方をお見かけしました。いろいろのお話をうかがった。もちろん、ただこの場所に興味があってという方々が、遠くからあるいは近所から集まり、松陰コモンズの居住者の方々も顔を出してくださり、と、毎回が本当にいろいろです。

 で。今回は「育児サロン」の会場を探していらっしゃる方々。なるほど、ここは和室で畳敷きだし、ある程度の広さのある部屋で、部屋の外には自然の緑がある。こういう環境は、「育児サロン」にはうってつけなのでしょうね。子供もハイハイできるし。

 お話だと、やはり普段は区の施設を借りて「サロン」を開くことが多いそうです(やはり、と書いたのは、劇団の稽古とおなじだなと思ったからで・・・)。ちなみに松陰コモンズは世田谷区役所のほど近くにあります。「へぇ・・・」と思ったのだけど、区役所の近くであるがゆえ、この界隈には区の施設がないんだそうです。区民施設の空白地帯。それは盲点ですね。だからこそ、ぜひこの大広間を使わせていただきたくて、とおっしゃっていました。

 「育児サロン」を維持していくのも大変なんだそうです。中心メンバーであっても、生活環境が変化することもあり、関わりを持ち続けられないケースもあるとのこと(むむむ。それも劇団活動とおなじだ・・・)。大概は2、3年ほどでいつのまにか・・・、というものらしい。

 彼女たちの場合、こうした活動が5年も続いているそうです。彼女たちは「育児サロン」を切り盛りするだけじゃなく、「育児サロン」をおこなおうと思っているグループの支援もおこなっているのだそう。聞くと、世田谷区だけで、いくつもの「サロン」があるんだそうですね。そういった話は、私はまったくの初耳。「へぇ・・・」と感心してばかりです。

 ほかに、区民施設を利用する場合、会場が2階だったり3階だったりすることもあり、ちいさな子供を抱いていると、階段をのぼるのが面倒で、敬遠してしまうことがある、というお話とか。なるほどなぁ。この大広間は、縁側があって、外からチョクで入れますしね。

 「部屋に閉じこもってモンモンとしている人も多いんですよ。そうやって孤立してしまうんじゃなしに、愚痴を言ったりとか、他の人のお話を聞いたりとか、ただお茶を飲んだりするだけでも、できる場があるのって、大きいんですよね」。

 ん? このとき、私はなにかがアタマに引っかかった気がしたのです。そのときはつっこんで考えたりせず、スルーしてしまったのだけど、あとになって「ああ!」と気づきました。

 なるほど、サロンかぁ。そういうの、あるとうれしいだろうな!

 私は当面、育児とは関わりがなさそうです。でも「部屋に閉じこもってモンモンとしている人」と言われれば、私には思い当たることがある。育児とはちがうけど、でも置かれた立場はどこか似ている。愚痴を言ったりできる相手がいるだけでずいぶんちがう。たしかにその通りだ。本当にそうなのだ。そのことを私はよ~~く知っている。

 お座敷カフェ、今月もお邪魔いたしました。ありがとうございました。(はやし)
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by futohen | 2005-09-21 22:22 | その他、バスケット項目

 劇団アルマル「毎日死ぬ練習をしている」の感想、承前です。

 舞台セットはきわめてシンプル。出演者3人の座るイスがそれぞれ1脚ずつ、計3つ。そして舞台奥には、大きなイーゼルがひとつ置かれ、大きなカンバスがこれに架けられています。主にこれだけ。あと天井ちかくには字幕用の掲示板が設置されますが、これはエキストラなセットですよね。ソウルで上演する際には、これはもちろんないはず。

 これがねー。こうして書くと、私の目の節穴ぶりが浮き彫りにされて、ヤなんですけどねー。舞台上にイーゼルがはじめっからデンと置かれているのに、青年が画家志望だとは、「ゴッホ」云々のセリフを聞く(字幕で読む)まで、思いもしませんでした。

 だってねー。青年が画家志望で、舞台にイーゼルが置かれてあったら、左手にパレットを持たせて、カンバスに向かわせてみないかい、フツーの演出だったら? 私の記憶が正しかったら、青年はその「もむちゃん」な肉体の正面を、いちどもカンバスには向かわせなかったはず。カンバスと向き合わない。なるほどなぁ。演出家はそういう「絵」を選んだわけね。なるほど。私には描けない、というか、ちょっと違う感じの「絵」です。

 カンバスからは、ひまわりの黄色い花が生えている。

 たくさんのひまわりの造花が、カンバスから生えているかのように、接着されています。カンバス自体が、ひまわりをモチーフをしたひとつのオブジェのよう。言われてみればなるほど、ゴッホの作品のイメージだ。絵画というより、立体作品としてのひまわり。

 話が前後します。恐縮。「怪人」が青年の部屋を去ったあと、母親が再登場し、青年にことばをかけます。セリフの内容は失念(ああ、脚本を読んでみたい!)。失念というか、ここのセリフを私は知らない。母親のセリフのとき、私は字幕を見ていませんでした。たぶん「ちゃんと勉強して一人前の大人になりなさい!」とか「絵描きになるだなんて許しませんよ!」とか「私はあなただけが頼りなのよ!」とか、そんなことを言ったんじゃないのかな。

 言いながら、母親は手に木槌をもっています。ひまわりのカンバスのそばに立ち、青年にセリフをかけながら、木槌を振り下ろす。振り下ろすたび、オブジェのひまわりの「花」の部分が床に叩き落されます。トンカチのことを、演劇の用語で「なぐり」などと言ったりしますが、まさに母親は、ひまわりのアタマを次々となぐり落としていく。母親の目は、ひまわりではなく、息子を見たままです。足元にぼたっぼたっとひまわりの首が落ちていく。

 このアクションは、セリフの内容と直接の関係はないはず。けれど青年が大きなプレッシャーを母親から受けている、という様子がまざまざとカラダで表されます。いや、ひょっとしたら演出のねらいはほかのことにあったのかもしれないですよ。私はそう感じたというだけです。正直、「これはすごいな・・・」と、見ながらあっけにとられていました。

 ちなみに、書くのを忘れていましたが、母親はさいしょっから足にはバレエのトゥ・シューズを履いていて、このシーンでも長いセリフを言いながら、ずっと姿勢は爪先立ちなのです。仁王立ち。すごい下半身。すごい威圧感。これも私の記憶が確かなら、彼女は左手で木槌を振るっていたはず。左利きなのかしら。でも右利きなんだろうね。そんな気がする。

 この感想、まだまだ続きます。長くて恐縮。(はやし)
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by futohen | 2005-09-20 23:10 | 演劇一般

静岡出張

 午前と午後のレッスンを終えて、静岡駅から新幹線に乗り込む。このときの気分は格別のものだ。300円の車内販売のコーヒーが、ささやかながら自分へのご褒美なのだ。まして月曜が休みだなんて、格別の、そのさらに特別な、ステキな気分です。

 私に乾杯! 私にチアーズ! ぷっはぁ~!!(ビールじゃないけど)

 名古屋で生まれ育ち、東京でいま暮らしている私は、東海道新幹線のヘビー・ユーザーです。もうイチイチ覚えていられないほど乗っている(そのぶん飛行機に乗った経験は少ない)。けれど、これほど清清しい気分で新幹線に乗ったことがあったろうか。

 どなたかからいただいたメールへの返信に書きましたが、私はワークショップを日本の津々浦々でおこなうのが夢です。ワークショップという手荷物をたずさえて、身軽に全国を訪ねたい。訪ねられるようになりたい。呼んでいただけるようになりたい。テレビの「くいしんぼう万歳」みたいに。ワークショップ万歳。そして日本全国から、こんな清清しい気分で、帰りの電車に乗り込みたいものです。そんな旅で、JR全線を踏破したい。ステキだろうなぁ。

 ただ乗りゃいいってもんでもないと思うよ、たぶん。>関口宏のセガレさま

 「ワークショップ」と、「演劇倶楽部」と、「演技レッスン」と。その3つ、あるいは春に手がけた作品の演出もふくめて4つ。これらはそれぞれ目指すものが異なるし、参加者が期待するものも異なります。けれど、私のアタマのなかで。あのとき考えたことがいま形になったり、あそこで経験したことがここで生きたり、そんな連鎖がいくつも起こっています。

 こういうの、気分いいですよね。シナジー効果。ひとりシナジーだ。

 24日は名古屋ワークショップです。これも連鎖のなかの、ひとつのリング。これをいちばん楽しみにしているのは私でしょう。参加者のみなさんもどうぞお楽しみに。まだ参加申し込みを受け付けています。興味をお持ちの方は、どうぞふるってご参加くださいね。

 車内で金城一紀「SPEED」を読了。痛快!(はやし)
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by futohen | 2005-09-18 00:38 | 演劇一般